「山下清の放浪日記-池内紀のちいさな図書館」
1996年6月、五月書房より発行。
山下清「放浪日記」(式場隆三郎・渡邊實編、1958年現代社発行)をもとに、
池内紀があらたに編集し、解説を加えたもの。

2008年に改訂版発行。自分が読んだのは1996年版です。

山下清の放浪日記-池内紀のちいさな図書館 山下清の放浪日記

「裸の大将」で知られる貼り絵の画家、山下清の18歳から29歳までの放浪日記。
関東を中心に、気ままにさまよう日々を淡々と振り返っている。

◎内容
日記の時期は、1940(昭和15)年11月~1951(昭和26)年8月。
太平洋戦争、敗戦、戦後復興の時代です。

1953(昭和28)年、山下清はグラフ雑記「ライフ」に取り上げられ、
「日本のゴッホ」として行方が注目されるようになりますが、この日記はそれ以前の話。

当時は知的障害者施設の八幡学園で過ごしていましたが、
「嫌になって」荷物をまとめて家出。

「うそをいってだまして、よそで使ってもらおうと思っていました。」
「うそをいってだまして、ふかし芋をもらいました。」(おにぎりや小銭のこともある)
基本的に、日記はこの繰り返し。

線路づたいに茨城や栃木をさまよい、夜は駅で眠り、ときに店屋で住み込みで働かせてもらう。
でもしばらくすると、怒られる・仕事が大変・女こどもにバカにされる、といった理由で出ていく。
ほうぼうで物乞いをしながら、また住み込み。でも長続きしない。

何年かおきに「恋しくなって」八幡学園へ戻ることもありますが、またフラリと出ていく。

そんな日々を、独特の語り口で、ごまかしもせず書いています。


◎山下清という人
正直、山下清といえば芦屋雁之助の「ぼくはおにぎりが好きなんだな」というイメージしかなかったのですが、
この本で人物像が少しわかりました。

貼り絵の才能がなかったら、単にダメな人です。
仕事しても我慢がきかない、長続きせず逃げ出す。

放浪が楽しいわけでなく、今いる場所が嫌になって逃げる、その繰り返し。

なんとなく心がピュアな人、とイメージしていたのですが、そんな感じではない。
「うそをついて」人から食事や小銭をめぐんでもらう。
日記には「自分のうそで人がだまされるのがおもしろかった」とまで書いてあります。
計算高いところもあったわけです。

居場所が見つからず、苦しい。でもどうしたらいいかわからない。
自分もそんな時期がありましたが(今もそうかも)、重ねてみてしまいますね。

池内紀が、「はしがき」で山下清の人物像を的確に表現しています。

若くもなく幼くもなかった。
純でも無垢でもなく、明るくも暗くもなく、少年でも老人でもなく、愚か者でも賢者でもなかった。
ただ徹底して、この世に合わない人物だった。
往き迷った魂が「青々として、何の音もしない」世界を目指して、やや前かがみになり、チビた下駄を見つめながら、トボトボと歩いていった。
| 漫画・本 | 22:54 | comments (0) | trackback (0) |
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