早川いくを「ウツ妻さん」
2013年10月、亜紀書房発行。
著者は、「へんないきもの」「またまたへんないきもの」で有名なデザイナー・作家の早川いくを氏。

ウツ妻さん

「ひょんなことから」うつ病になった奥さんの治療過程を、ユーモラスな文体とイラストでつづる。
細川貂々「ツレがうつになりまして。」の逆パターンにあたる本。

◎あらすじ
「何かのまちがい」で本が売れ、印税収入が転がりこんできた早川家。
いざ、夢のマイホーム! と鼻息のあらくなる妻・トトコ。
ところが、猛烈に土地を吟味していたトトコは、突然うつ病に。

仕事も家事もできなくなり、将来への不安で泣くばかりのウツ妻に、
夫は何ができるのか?

◎構成
第一章 鉄塔がこわい
第二章 ヒーローたち
第三章 買い物ジャンキー
第四章 ほとけとブラックホール
第五章 脱皮


◎人間万事塞翁が馬
読み終わって、そんなことを思いました。

★トトコさんのうつ病にいたる経緯
夫の本が売れて印税収入が手に入る

マイホーム探しを開始。「絶対に失敗したくないから」と、様々な土地を徹底して吟味

条件を全てクリアする土地を発見。手付金百万を支払う

土地の近所の鉄塔の電磁波が気になってくる

「鉄塔こわい」「一生に一度の買い物に失敗した」と毎日つぶやくように

うつ状態に

災い転じて福、の逆ですね。

ただ、元をたどれば仕事の量も問題だったようです。
フリーのデザイナーでしたが、いくを氏いわく「見ている方が疲れるような仕事ぶり」だったようで。

そして、もう一つ大きいのが「順調希求性」。
物事が順調に運ばないと、途端に不安になる性格のこと、だそうです。

・結婚してるのに子どもがいない
・結婚してるのにマイホーム探しに失敗
・独立したのに、活躍して雑誌にとりあげられたりしない

「なぜ、自分の人生はうまくいかないのか」という思い。

特に、結婚・出産に対する女性の執念というのは、男性の想像を超えるものがある。
一時期、結婚相談所に通っていたことがありますが、
お見合いしたのは20代後半~30代前半の女性がほとんど。
本人の意思もあろうが、「世間の目」というのも彼女たちを縛っていた気がしてならない。

トトコさんは、うつ発症時34歳。あせりもするでしょう。
強迫観念にとらわれ、病んでしまい、ひたすら不安を量産するマシーンになった妻。

引き金が「夫の本がベストセラーになったこと」なのですから、
何が災いするかわかりません。


◎人生いろいろ、うつもいろいろ
これまで、「ツレうつ」をはじめ色々な「うつ闘病記」を読みふけってきました。

★著者はうつ患者の配偶者
細川貂々「ツレがうつになりまして。」

★著者はうつ患者本人
安部結貴「わたしは働くうつウーマン」
望月昭「こんなツレでゴメンナサイ。」

読むにつけ思うのはうつの症状は、人によって少しずつ違うということ。
当然、寛解(※)に至る経緯も人それぞれ。

※症状が治まること……うつは再発しやすいので、「完治」と言わず「寛解」と表現することが多い。

★トトコさんの経緯
・モフ(カエルのぬいぐるみ)を可愛がる
・昭和の特撮にはまる
(愛の戦士 レインボーマン、快傑ズバット、仮面ライダーV3)
・アクセサリーに熱中
・ヤドカリのヤドリーを飼う
・「ツレうつ。」を読みふける
・認知療法をかかりつけ医に依頼するが、「あれは面倒くさいでしょう」と一蹴される
・ベビーカーを押すお母さんのジェットストリーム三連星を見て落ち込む
・実家で一旦静養
・仏教にすがる
・かかりつけ医がうつになる(笑っちゃうが、精神科医が病むことはたまにあるらしい)
・精神科に転院
・家のいたるところに「大丈夫」「問題ない」と紙を貼りつける
・ヤドカリが脱皮した時、「あたしも脱皮しなくちゃ」と前向きな発言
・仔ウサギを飼い始める

字面だけ見ると笑えますが、ご夫妻にとっては苦しい日々だったことでしょう。
特に、いくを氏には。

無気力、仕事・家事はできない、泣きわめく、八つ当たり、愚痴をこぼす。
面倒なお荷物になってしまった連れ合いを、我慢強く見守るしかない。
しかし「我慢」なんて、そんな簡単にできるわけない。

「つらいよね……」
必要なのはこの一言だ。「正しいのはこういう方法だよ」と諭すことではない。
相手はアドバイスが欲しいわけではない。ただ、聞いて欲しいのだ。

ぬぁーんつってよう。
そんな風に素直にできたら苦労はねーよな。
(176-177p)

全くだ。
そんな仏様のようになれれば、そもそも誰も「うつ」になりません。

ともあれ、3年かけてトトコさんは落ち着きを取り戻しました。
治るきっかけはぬいぐるみ? ヤドカリ? 特撮? 夫の献身? 日にち薬?
全部でしょうか。


◎不安と不安産業
192pから、いくを氏は「不安はどこからやってくるか」という疑問について考えています。
ユニークで、かつ社会の一面を鋭くついているように思えます。
長いですが、ちょっと抜粋して紹介。

エアコンの広告が怪しいのではないだろうか。
エアコンや住宅には、幸せそうなご家族が登場する。
真面目そうなお父さんに、若くてきれいなお母さん。
家は大きく美しく、子どもたちはかわいらしく、リビングには高そうな犬までいる。
「※写真はイメージです」は、了解済みだ。
しかしその「イメージ」はいつの間にか人々の心に侵入し
「これが幸せの標準ですよ。これからはずれてるとやばいですよ」というメッセージを発信し続けているのではないか。


実に的確だなあ、と思う。
家電のCMって、そんな家族構成ばっかりだもんな。
昔と違うといえば、爺ちゃん婆ちゃんが追加されるようになったか。

口では「多様性の時代」といっても、人間そう変わるもんではないね。
20歳なのに恋愛経験なし、やばい。
30歳なのに独身、やばい。
35歳なのに子どもなし、やばい。
こういう、ここ二・三十年だけ通用した価値観に苦しめられている。

「これだけは譲れない」「最低限あれが必要」
こういったシアワセの絶対国防圏を設定した時から、おそらく不安は始まる。
得られないことへの不安、失うことへの不安、プラン通りにいかない不安……。


健康、老後、美容、教育、その他その他。
不安をビジネスの種とする「不安産業」は、星の数ほどある。
テレビをつければ愉快なキャラが美少女たちが、笑顔で不安をあおってくる。


この「不安産業」というのも、またわかりやすく的を得ている。

教育
「子どもは塾に通わせ、私立中学へ。でないといい大学へ行けません。
いい大学でないと就職できず、幸せになれません」

美容
ちょうどいいWeb広告があったので、そのまま掲載。

「脱毛ぼっちにならない為に……」か。ほっとけや。
俺が女だったら「なんでそこまで合わさんとおえんのじゃ、ボケ!」と思う。

あと個人的には恋愛ね。
J-POPはいまだに愛だの恋だのばっか。特にAKB48などのアイドル。
裏では「ズルい女」のくせにさ。

TVやネットでは、否が応でもこういう情報が飛び込んでくる。
無視すればいいだけの話なんですけどね。


◎まとめ
テーマは深刻でありますが、いくを氏の軽妙というか茶化すような文章で、
うつ闘病記の割に楽しく読めます。

そういえば、「ツレうつ」のツレこと望月昭氏も、
うつ病の頃「ゴジラ」にはまったそうな。
特撮には癒しの効果でもあるのかしらん。
| 漫画・本 | 14:31 | comments (0) | trackback (0) |
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