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こだわり高校野球東京都名選手列伝>(9)川島堅

川島堅/かわしま・けん
(右投右打・東亜学園−広島−台湾/時報)

◇美しい投球フォーム、45イニング3四死球の制球力◇

 1986年夏、西東京大会を制したのはニューフェイスの東亜学園。そのエースが川島堅で、2年生ながらマウンド度胸のよさを見せた。しかしこの年は打率0.369の打線の影に隠れており、甲子園でも初戦で米子東に1−3とあっけなく敗れている。

 翌年夏、東亜学園は2年連続西東京の代表となる。川島は盤石のエースに成長し、予選全イニングを投げきり防御率1.21。自信を持って甲子園に乗り込んだ。

 初戦の伊野商戦、川島は無四球のピッチングで2−1の勝利。続く金沢戦はまたも無四球完投、しかも毎回の14奪三振。3回戦の延岡工戦でも無四球で投げ抜き完封、初めて四死球を記録したのは準々決勝の北嵯峨戦の8回。実に34 2/3イニング連続無四球を記録する。「甲子園史上最も美しい」と評されたフォームからの制球力は抜群だった。

 準決勝は常総学院・島田直也(ヤクルト他)との投手戦。東亜学園は6回表に仁志敏久(巨人−横浜)の失策から1点を先制するも、8回に川島が島田のソロを浴び同点。延長にもつれこんだ10回裏無死、島田がライト前ヒットで出塁すると、続く仁志の打球を遊撃・西村英史(東芝府中)が悪送球。ボールが右翼フェンス間を転々とする間に島田が長駆ホームイン、サヨナラ負けを喫してしまう。


1987年夏の甲子園での川島投手(金沢戦、北嵯峨戦)

 卒業後は広島カープに入団するも大成せず、実働7年で1勝4敗。台湾球界を経て引退した後、柔道整復師の資格を取得し、2001年より武蔵境中央整骨院院長。2007年からは一橋整骨院院長。

全国大会戦績

戦績 対戦相手 打撃成績 投手成績
1986年夏
2回戦
2回戦 米子東 ●1−3 2打数0安打 8回8安打 自責2 奪三振5 四死球3
1987年夏
ベスト4
1回戦 伊野商 ○2−1 1打数0安打 9回6安打 自責1 奪三振8 四死球0
2回戦 金沢 ○3−2 2打数0安打 9回6安打 自責2 奪三振14 四死球0
3回戦 延岡工 ○3−0 3打数1安打 9回6安打 自責0 奪三振4 四死球0
準々決勝 北嵯峨 ○3−0 3打数0安打 9回3安打 自責0 奪三振14 四死球1
準決勝 常総学院 ●1−2x
(延長10回)
3打数0安打 9回6安打 自責1 奪三振5 四死球2
総合成績 14打数1安打 打率0.071 53回 自責6 防御率1.02

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